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浦和地方裁判所川越支部 平成11年(ワ)104号 判決

原告

小林七郎

被告

青梅信用金庫

右代表者代表理事

大杉俊夫

右訴訟代理人弁護士

江守英雄

工藤研

右訴訟復代理人弁護士

宮島佳範

主文

一  被告は、原告に対し、金一三五万八一二三円及び内金一二八万六〇七四円に対する平成一〇年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同じ。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  小林きくは、平成三年九月三日に死亡したが、生前、被告との間で、別紙預金債権目録記載の内容の各預金契約を締結した。

2  きくの法定相続人は、子である小林正男、原告、小林美佐子の三名であり、各人の法定相続分は各三分の一である。

3  きくの本件預金の、元本合計額の三分の一は一二八万六〇七四円、平成一〇年一二月一九日までの利息合計額の三分の一は七万二〇四九円であり、その合計額は、一三五万八一二三円である。

4  原告は、被告に対し、平成一〇年一二月八日付けの内容証明郵便により、同月一九日までに、本件預金の元利金の三分の一を支払うよう請求した。

二  争点

被告が法定相続人の一人である原告単独での預金払戻請求を拒否することに正当性があるか。

(被告の主張)

1 合有的処理の慣習

相続財産中の預金については、合有的処理という銀行実務上の事実たる慣習があり、本件においては、被相続人たるきくが、右慣習によらない意思を有していた事実は全くなく、合有的処理の慣習に従って、被告の払戻請求に対し相続人全員の承諾を要求した被告の処理は妥当なものといえる。

2 本件預金の帰属未確定

相続財産である預金を遺産分割協議の対象に含めることについての合意が成立する余地がある間は、債務者たる金融機関としても、その帰属が未確認であることを理由に払戻請求を拒否することが可能であると解すべきである。本件においては、きくの共同相続人の一人である正男が被告に対して述べたところによると、平成三年九月二九日、きくの共同相続人三名の間で相続財産の分割協議が行われ、原告が取得した相続財産は、きくの全相続財産の五二パーセントを超えるということであり、さらに、被告は、正男から、平成一一年二月一二日、原告及び美佐子の払戻請求を拒否することを要請する書面を受け取っている。かような状態においては、本件預金が今後の分割協議の対象に含まれる可能性が窺われ、被告が原告の払戻請求に応じることは、被告が原告らの紛争をいたずらに誘発し混乱の原因をつくることになりかねず、被告が相続人間の争いに巻き込まれる結果となり、妥当な措置でない。

第三  争点に対する判断

一 相続人が数人ある場合において、相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、その債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を取得するものと解するのが相当であり、右の理は、預金債権の場合にも何ら異なるものではない。したがって、法定相続人は、遺産である預金債権について、その法定相続分に相当する金額について、他の共同相続人の同意がなくとも、単独で払戻を請求することができると解される。

二  被告の主張について

1  被告の主張1について

弁論の全趣旨によると、多くの金融機関においては、共同相続の場合、相続人の一部からの相続預金払戻請求に対して、相続人全員の同意書ないし遺産分割協議書を求める取扱をしていることが認められる。

しかし、右取扱が一切の例外を認めない程度のものであるとは認められないこと、共同相続人の一部のみからの金融機関に対する相続預金払戻請求を認めた裁判例が多数あること、かかる取扱は預金者側に権利行使を制限する面があること等を総合すると、金融機関において一方的にそのような扱いをしているからといって、その取扱が一般の預金者との契約を支配するほど普遍的なものであって事実たる慣習とまでなっていると認めることはできず、また、一般預金者において、右取扱に拘束される意思を有していると認めることも不合理である。したがって、被告の主張1は採用できない。

2  被告の主張2について

前記一のとおり、預金債権は、相続によって当然分割され、各相続人が相続分に応じて権利を取得するものであり、その権利は他の相続人の意思等による制約を受けるものではないから、将来、当該預金債権が分割協議の対象となることが合意されることにより、その帰属が変更される可能性があるとしても、右可能性があるのみで、現実に単独で払戻請求を行っている共同相続人の一人の権利行使を法律上拒否することが正当化されると解すべき理由はない。したがって、被告の主張2も採用できない。

3  もっとも、金融機関は、預金の払戻について大量の事務処理を行っているものであり、また、相続人の範囲や相続分の確定を行うのに相当程度の手間を要することも否定できないから、共同相続人全員の同意書ないし遺産分割協議書を求める金融機関の取扱にもそれなりの合理性が認められなくはないが、そのような取扱は、預金払戻を求める共同相続人の任意の協力を求める形で行うことに止めるべきであり、右金融機関側の事情は、法律上、預金払戻拒絶を正当化するものとまではいえない。しかも、本件においては、原告は、被告に対し、戸籍謄本等の相続人確認のための資料を提出したほか、きくと正男の配偶者の間の養子縁組無効の裁判等が係属したことがあるなど、相続人間の信頼関係が破壊されているため他の共同相続人の協力を得ることが困難であることを説明し、また、被告において二重払いを余儀なくされたときは、原告が過剰支払金の返戻催告を負担し、その文書の作成等に協力することも提案しての払戻催告を経たうえで、一〇日間の猶予期間を経た後の分についてのみ民法所定の年五分の遅延損害金を求めているものであるから(甲一、三、四、七)、その最終催告期限である平成一〇年一二月一九日の経過をもって、被告が本件預金の払戻債務について履行遅滞に陥ったと認めることに何ら支障はない。

三  結論

よって、原告の請求は理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官朝日貴浩)

別紙預金債権目録〈省略〉

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